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2010年9月10日 (金)

神経症治療のためのコラム 目次

神経症克服唯一の方程式 目次

『神経症治療のためのコラム』作成理由と悩んでいる人の甘さについて

ずっと神経症の悩みを引きずり続ける人へのエール

神経症に苦しんだ過去のお前への言葉

今神経症状に飲まれている人へ こうして私は悪循環から脱出した

過去の私へ罵倒する言葉、そしてノイローゼの人へ

のっている人の特徴/そして神経症で悩んでいる人

神経症(ノイローゼ)のこと このコラムを読んで克服の足しにしてください

神経症克服最良の方程式 (ベシのノイローゼ解決体験記)

ベシ宛メール(神経症や私の神経症克服の方程式について)mailto

10神経症克服の唯一の方程式が出来た人たちのリンク集

2010年9月 8日 (水)

ホームページからブログ移転のお知らせ 《神経症治療のためのコラム 神経症克服唯一の方程式》

お知らせです。

ホームページから、ブログにコラム記事を移転しました。

時々ですが、このブログにコラムを新しく書いていきたいと思っています。

2010年 9/7分以前のブログ記事は、数年前にホームページで公開していたもの(具体的な日時は失念した)で、その日付で更新したわけではありません。あしからず。

ベシ

2010年9月 7日 (火)

私(ベシ)のこと 神経症(ノイローゼ)克服体験のコラム

私のこと(ベシ)について書いていきます。

うつ病と対人恐怖症(社交不安障害)で人生をだいぶロスしてきた。
青春時代がほとんど無駄になった。
他人と比較して、無駄なことに耐えて、無駄な時間を過ごすしかできない自分。

ホッとできる瞬間すらなかった。
劣等感のかたまりだった。
いいことなんかほとんど経験してこなかった。
一番人生で大切な青春時代が、暗黒時代だった。
ますますコンプレックスのかたまりになった。

将来のことを考えても展望が開けなかった。
あと60年、このまま生きなくちゃいけないのか?
怖気づいたし、先のことを考えることをやめた。
悪いことしかかんがえられなくなり、不安になるからだ。

そんな人間が、いつのまにか神経症が治っているなんてありえなかった。
いつか治っている希望だけが、生きる糧だった。
しかし、そんなことは甘すぎる考えだった。

今苦しんでいる人間が、時間とともに、更に悩んでいくのは当たり前だ。
暗黒の青春時代で、いい思い出がない人間ならば、もっと人と差が出てきてしまうからだ。

とにかく、どんな方法でもいいから、はやく治りたかった、焦って焦ってしょうがなかった。
でも神経症が治ることはなかった。
人と比較して、悔しくて悔しくてしょうがなかった

しまいには、神経症でクタクタに疲れ果てて、低く惨めたらしい生活にすら逃げ込むようになった。
克服する意欲も消え失せようとしてた頃。
もう俺はダメだと思った。
いつも憂鬱で、頭が重く、気分がすぐれない。
以前は、その状態から脱しようと気力を振り絞って、立ち向かっていた。
でも、そのパワーも無くなっていった。

でも大転機がある時あった
それはあるカリスマ心理セラピストの出会い。
当時、惰性でただ通っていた心理カウンセラーが、困り切っていた僕を見かねて教えてくれた。
このカウンセラーにはとても感謝している。
岩波先生という特殊だが、かなりの能力の持ち主ならば、いやそれぐらいの人でないと、私の神経症がよくなることはないと思ったのだろう。
まあ、もっと早く教えてもらいたかったと思ったが、教えてもらっていなかったら、神経症が良くなっていることは、今もなかっただろうから、ありがたいことなのは間違いなかった。

人とのつながりは、大きな大きな可能性を生んでくれた 。
そして、岩波先生の圧倒的な無意識訴求能力で、すべてが劇的に変わっていった。
悪い方向に転がり続けた歯車が、止まってくれた。

そして、徐々に、最初はゆっくり、次第に加速をつけて良い方向に回り始めた。
こんなうれしいことはなかったし、これからもないだろう。
上向きの人生を送る気持は、『坂の上の雲』だった。
どんなに頑張っても不可能だった神経症に、確かな改善の実感が出てきてくれたのだ。

神経症克服以外の副産物もあった。
営業の成績があがり続けた。
だから相手の心理も的確に読めるようになった。
だから人が怖くなくなったのはもちろん、自信が出てきた。

人間関係がいいと毎日が楽しくなる。
職場でも私生活においても、充実していった。

『人は人、自分は自分、他人の思惑は関係ない』と思って生きているが、だからこそ、人から認められるようになったと感じた。
人に振り回されないで、私がどうやって行きたいのか、どうしたいのかがメインに生きられるから、疲れないし、やりがいがすごく出てきた。

今まで押さえ込んできたことを、できなかったことをするようになり、刺激も受けられる。
そして心が弾む。

悪い時には一気に悪くなるものだが、良くなる時も同じだと思った。
無意識の歯車の悪回転を止めれば、良い方向に一気に行けるものだ。
だから、自分自身を肯定的にとらえられるようになった。

人とにらめっこしても、負けない胆力もついた。
そう、自分に大きな頼れる背骨がもう一本ついているような感覚だ。
自己を信頼でき、生きていて楽しい。

怖いものもなくなってくる
前に恐怖を感じていたものが、何でもなくなってくる頼もしさだ。
私はこんなことに過度に怯えて生きてきたのかと、情けなくなるやら笑ってしまうやら。

神経症克服の過程で足りないもの、足りなかったものを実感した。
それは「甘え」の構造だった。
親に対する甘え、自分に対する甘え、ノイローゼに逃げ込む甘え(悩んでいる方が得だという非常に矛盾した気持)、現状と未来に対する甘え。
この屈折した人生に責任を持てるのは誰なのだろうと自問した時、俺しかあり得ないと強く感じた。

私がやらずして誰がノイローゼを脱出させてくれるのだ?と。
これはものすごく挑戦的で、不遜で、攻撃的な感情だった。
いわゆるモチベーションが飛躍的に高まった状態だった。

もちろん、その時岩波先生の元で、心理プログラムを受けていたわけだが、先生の誘導技術で、感情が急激に揺り動いた時、私の悪循環が止まっていくだけのパワーが身についたといえる。

その時に導いた答えが、このコラム(ブログ)に書いていること、この記事に書いていることだった
感情のパワーは絶大だ
このパワー無くして、自らの心をリセットし、過去を清算し、己を変えていくことは難しいと感じている。

そのために、それぞれの神経症克服のための方程式に組み込んで欲しいです
神経症を解決した人は、すべからく同じような感情的な『気づき』を経験しているのではないか?
神経症で見えなくなっている克服の方程式が、見えるようになる。
そうなると、自分のやるべきことがはっきり見えてくる。

神経症克服の唯一の方程式が出来た人たちのリンク集

うつ病は治る! ヤマダの鬱病克服体験日記
【昔の症状:鬱病・対人緊張】

神経症克服プログラムの経験談と人間関係向上ブログ
【対人恐怖症・社会不安障害】

経症克服プログラムとの出会いと神経症克服への道
【鬱病・対人恐怖症】

Dr.Strangelive
または私は如何にして神経症で苦しむのを止めて自分を愛するようになったか
【昔の症状:対人恐怖症・鬱病・自律神経失調症】

NANAの対人恐怖症とうつ病の部屋
【昔の症状:視線【対人】恐怖症・鬱病】

肉親から見た不登校・ひきこもり・そして神経症
【昔の症状:不登校・ひきこもり・リストカット・対人恐怖症など】

五円玉の神経症を克服する掲示板
【昔の症状:SAD・うつ病・パニック障害・対人恐怖症の人たち】

神経症克服した人の集まるサイト MINDART FRIENDS
【昔の症状:鬱病・不安神経症・強迫神経症・対人恐怖症など】

蜘蛛の糸をのぼれば 極度のあがり症・話し方トラブル解消ルーム
【昔の症状:極度のあがり症・吃音・対人恐怖症】

心の悩み解消のために G-PROGRAM MEMBER’S PAGE
【昔の症状:鬱病・不安神経症・強迫神経症・対人恐怖症など】

神経症克服征服きょーかい
【昔の症状:対人恐怖症・視線恐怖症】

外科医神経症闘症記
【昔の症状:手の震え・強迫観念・心身症・自律神経失調症・不眠症】

超一流への道 セラピスト・カウンセラー虎の穴
【現役セラピストから見た一流の心理療法士とは?】

変化を恐れるな! 会話の格闘術体験記
【会話の格闘術の体験記 変化を恐れては駄目!がテーマ】

トップ営業マンへ ~会話の格闘術と人間心理攻略~
【会話の格闘術の体験記 己を鍛え上げるために頑張っています】

神経症克服プログラム関連WEBリンク集
【神経症克服の体験記ポータルサイト】

神経症治療法・克服法口コミ・感想サイト
【神経症・精神疾患を治すための情報交換サイト】

おくすり110番
【今服用している薬があれば、ここで知識を持とう。無知が一番怖い】

うつ病治療口コミ情報サイト&掲示板
【うつ病を効果的に治療するための情報交換の掲示板やリンク集】

ベシ宛メール(神経症や私の神経症克服の方程式について)

いかに過去の自分の状況が悲惨で甘くてじめじめ悩み続けていたか、ぞっとする
だから、いかに今の状況が地獄の一歩手前に来ているか知ってほしい
厳しいことをいっぱい書きました
これは昔の自分に厳しく言っていると思って、大目に見てください

とはいえ、このコラムが何らかの刺激になってくれればと願っています
なかなか刺激がないと人の心は動かないし、すぐ停滞してしまうものだから

ベシへのメールはこちらから

http://www.formzu.net/fgen.ex?ID=P36211655

神経症克服の方程式や私の神経症克服のきっかけについて、神経症そのものについてのメールなど歓迎いたします

神経症克服最良の方程式 (ベシの神経症解決体験談)

終わりなき神経症から助かりたかったらしなければいけないこと

私が神経症から解放された理由は、ある非常に卓越した能力を有する心理セラピーとセラピストのところに通ったからです。
そこで、甘えを破壊し、覚悟を身につけることができ、ブレない生き様を獲得できました。
同時に、神経症になった原因や無意識の底の抑圧されたマイナスの感情を解放させていき、プラス暗示を脳に焼き付けたからです。

それにより神経症が完治しました。

岩波先生は非常に能力の高い心理セラピストです。
そこに多くの方が殺到しています。
神経症を根本から克服に導ける技術を開発しているからです。

無意識へ強力に働きかけることができ、根本から幼いころから蓄積された、神経症的要素を破壊することができる技術を唯一有しているのは岩波先生しかいないと言われています。

その神経症克服プログラム※HPにかよっている多くの人と同じく、私も催眠療法、前世療法や心療内科(精神科)の薬を経験してきました。
要は色んな解決法を模索しても、神経症が良くならず、苦しみと我慢の狭間でさまよっていました。
そういう経験がある人なら、なおさら、その心理セラピーとセラピストの先生の能力のすごさがすぐわかり、話が早いです。
心理セラピストの頂点に立つほど、技術的に圧倒的な差がありました。

そして、神経症が良くなるための、方程式がそこにはありました。
根本から、神経症を引き起こしている原因を解決できる技術もすごいですが、岩波先生の思考は、まさに悩まない、悩みようがない考え方だから、思考の面でもすごいです。
正真正銘の非常に威力のあった心理セラピーでした。

普段から私たちがどういう思考で生きなければならないかも教えてくれました。

  • 甘え、覚悟の無さ、主体性の無さ、悩む思考しかしていない、狭い視野、同じことの繰り返し、割り切り能力、ブレなさ、設定の高さ、生き様……

根本から解決できる日本で唯一の技術と、悩まない思考の確立、それらで驚くほど劇的に私の神経症に効きました。
同時に究極にまで自分を徹底して見つめ直すこともできました。
究極という意味は、どんなに考えても手が届かない無意識の自分がよく理解できる、ということです。
一種の悟りに近い気づきです。

そして、いかに自分が「情けない」状態だったか、思い知りました。
さらに、無意識からプラス暗示を植え付けてもらい、揺るぎない覚悟を得れました。

自信もあとからついてきてくれました(行動しやすくなり、行動により自信がどんどん身についていく)
私の抱えていた過去のでっかいトラウマを氷解させてくれました。
トラウマがもう、トラウマとしてではない、ただ一つの昔の出来事として、まったく価値がなくなっていました。

あれほど、私の心に重くのしかかっていたトラウマが、 なくなった!
じゃまもしないし、おとなしくしている。もうどうでもよくなった。
私のれっきとした過去だが、それ以上でもそれ以下でもない。


つまり、私の心は自由になり、頭にリセットがかかりました。
もう私は、 再発の心配もまったくないし、神経症が完治しました。

あれほど悩みを常に吸い寄せようとする、頼りない自分はいない。
何が来ても大丈夫という頼りにできる自分がいます。

決して自分一人では解決できなかった。というか、気づけなかった。
一人ではずっと同じ悩む考えばっかりをしていただろう。
治らないまま、精神的にすり減って、年を取っていっただろう。

岩波先生には治りようがなかった神経症に克服させてくれる武器を与えてもらった。
本当に感謝しています。

私も治るために一生懸命こなした。
自分の人生は自分が一番の責任を持たなくてはいけないから。
はじめて神経症を解決できるという実感と希望をあたえてくれる心理セラピーだったから、ここでダメだったら、他では絶対にダメだと思っていたから。

そして、神経症克服の方程式を身につけることができた。



ここからは私が神経症克服に必要な方程式を書いていきます。

神経症克服唯一の方程式

  • 潜在意識面におけるエキスパートの中のエキスパートと出会うこと。神経症は自力での解決は不可能に近い。それは潜在意識の底から神経症が発症しているからだ。いくら気持ちを強くして取り組んでも解決はできない。だからこそ、能力の高いプロの手助けが必要。天才的な技量と悩み克服のプロならば、一気に希望が出る。

  • 自分と向き合い、自分の過去を見つめ、抑圧を解き放ち、信念という暗示をぶち込み、柔軟な発想と思考を身につけ、甘えを排除し、覚悟を獲得する。考えているだけじゃ神経症は決して治らない。根本から自分を破壊するぐらいの気持ちを持たなくてはいけない。
  • 毎日、惰性で生きないこと。惰性ならば現状維持に思うかもしれないが、神経症の人にとっては、惰性とは破滅と同じだ。神経症は時間とともに我々の心を蝕んでいく。時間が経つと、もっと治りにくくなる。いつのまにか改善しているなんてことは無いし、期待するだけ悲惨な結果を招く。惰性とは、変わる努力をしないこと。だから、神経症にとりつかれるだけになる。
  • 自分をよく知ること。なぜ神経症になったのか? 原因はかならずある。自分を客観的に見つめなおさなければならない。自分の弱点を見つめることはとてもきついことだ。プライドもある。しかし、原因を知らずして、それを無視して神経症を治そうとすると、必ず失敗してしまう。
  • 症状の怖さに目をつぶらないこと。神経症であるときついことばかりだ。なるべく見ないままにして、平穏に生きようと思ってしまう。しかし、神経症は自分の心が引き起こしている。心があるかぎり、どんなに逃げても神経症に追いつかれてしまう。かなりやばいギリギリの状況だと認識しないと、人はナアナアで過ごしてしまう。きつくても。そうなると、きつい状態のまま、神経症がちっとも良くならないまま、生涯を神経症に捧げることになる。
  • 傷ついても歩みを止めないこと。神経症は我々に心の傷ばかり与える。必死で耐えていても傷つくだけだ。神経症を克服しようと立ち上がっても、傷つくことばかりだ。うまくいくことはなかなかない。そこで心が折れて、殻に閉じこもってしまうと、人生は完全に終焉を迎えるだろう。傷ついても、歩めを止めなかった人だけが、心が強くなり、神経症も乗り越えられる強さとタフさを獲得できる。
  • 自分の甘さを思い知り、甘えを捨てること。 症状が苦しいから、なにもしないという言い訳に使ってしまう。しかし、それは甘えだ。傷つくことや、疲れることを避け続けて、いつか神経症が治っていることを願う思考こそ甘えだ。甘えがある人は、甘えた分だけ、神経症が治らなくなる。
  • 悪条件の中で戦う勇気を持つこと。勇気と覚悟が神経症克服に必要だった。いつか神経症から抜け出すために立ち上がらなくてはいけない。しかし、いつかなんて思っていると、あっという間に年齢がいってしまう。今やるしか無い。
  • 今の苦しい状態は起きて当たり前と受け入れること。苦しい時はたくさんあるが、それを引き起こしているのは、神経症になる原因があるから起きていること。だから、苦しいのもショックな事でも、起きるのは当たり前。だからこそ、それが何なんだという気持ちを持とう。受け入れることができたら、悩みはそれだけ少なくなった。
  • 過去の自分と向き合うこと。トラウマは見たくない。しかし、無意識では我々はつねにトラウマと超面している。それが神経症の原因となっている。ただしトラウマは、無意識の底にあるから、そこはプロの力を借りるべきだし、私はそれによって完全克服ができた。
  • 薬には頼らず、根本的に自分の心の中から治していく。薬を飲んでいたら、悩みが治っていくなんて甘い、そして恐ろしい考えは捨てたほうがいい。薬は何の解決にもならない。状況認識や薬への幻想、現代精神医学への期待が強すぎると、期待しただけ悲惨な結果を招くかもしれない。
  • 頑張れば必ず報われるという希望を持つこと。 神経症克服にむかって行動を起こしている時、気持ちが上向いているならば気分もいいし未来もあると思えるが、何をやってもドロ沼になっている時がある。そういう時こそ、見返りを求めてはいけない。自分の行動に意味を見出そうとしてもいけない。ただひたすら黙々とやり続けて、歩みを止めないことだ。

  • 自信を得るために、今まで身につける機会がなかったスキルを身につける。自分の動きやすい行動半径だけで生きてはいないだろうか? スキルを身につけるには、自分が今までしてこなかったことをやるしかない。
  • モチベーションを上げていくこと。このままいったら神経症は治らない。時間は解決しない。本当にヤバイ状況だと認識し、恐怖のモティベーションを掻き立てたほうがいい。なぜかというと、プラスのモティベーションは、悩んでいる時は出しにくい。どちらかと言えば、不安や恐怖を反動にしたモティベーションを最初は使うことが大事だ。
  • くどさを捨て、割り切りを身につけること。いつまでも同じことをくよくよと悩み続けている時間の無駄を認識する。割り切れない人間に、悩まない安心した精神状態は絶対にやってこない。
  • 必要以上にマイナスの自分と闘わないこと。そんな自分であろうが、なかろうが関係ないという境地。そうしたらマイナスの自分はいつの間にか敗北して消え去っているだろう。

神経症はまず普通のことをやっていたら治らない。
普通をやって治った人なんて聞いたこともない。

抜け出すにはそれ相応のリスクと行動量と勇気が必要です。
楽して治るものじゃない。

惰性の気持ちで時間が解決していると思っていたのならば、私のように無駄な地獄の時間を費やしてなお、まったく未来の展望が開けない最悪な状況になってしまう。
だから、神経症克服に残された時間はないと思ってください。

神経症は精神的な末期がんです。
将来のためにも、いまきつくても神経症に立ち向かってください!
応援しています!

神経症(ノイローゼ)のこと このコラムを読んで克服の足しにしてください

今までの神経症に関するコラム(ブログ)を読んで、落ち込んだかもしれません。
ここまで書かなくてもいいじゃないか、と思ったかもしれません

でも、もう一度言います。
これは悩んでいる人を観察して書いたわけではなくて、昔自分のことを思い返して書いただけです
誹謗中傷しようと書いたわけじゃないので、ご理解ください。

もし過去の私に当てはまる、この行動と思考様式がほとんどあてはまっていれば、立派な悩みのキングです
けっこう、やばいと思います。昔の私と同じなら……
それじゃあ、夢も希望もなくなると思うかもしれない。

でも、希望はもっていいです。
この思考回路をはずして、壊して、今度は好循環の人生になれる思考回路を植えつけていけばいいわけです。

それには、「気づく」ことが必要です。
いままでのコラムが、その役に立てればと思います。
馬鹿にして書いているわけではありませんが、劣等感を感じていると、どうしても自分を馬鹿にしていると思う人もいます。
でも、むかつかれても、気づいてもらえれば、何よりです。
反発心から、ノイローゼ克服のパワーにつながればいいですから。

気づくには、自分の置かれている状況を身に染みることが一番だと考えます。
そしたら、いかに自分がやばい状況か知ること。
もっといえば、痛感すること。
神経症になったら、もう克服しなくちゃ、そのまま死ぬよりつらい暗黒期が待っています。

なおかつ、今の自分の状況を頭の上でなく、心で本当にわかることが必要
どんな馬鹿でも、頭の上ではわかることは可能です。
心の底での気づきは、真剣に取り組むことが前提条件だったと思います。

それがわかったとき、一気に頭はリセットされる
まっさらな白紙に近い状態になれます。

そこからプラスを生み出し続ける魔法とも言える思考・行動様式を身につけていけばいい。
私はそれができましたし、だからいま燃えて生きていられるわけです。
劣等感を感じて、このままではいやだという感情があったからこそ、それを糧にして、燃料にして燃えることができています。

まずは気づこう
私も気づいたことから、神経症の克服が始まりましたから

この末期的な神経症にはもう未来はありません。
希望なんて無いし、夢は今も破壊され続けています。
何にもできなくなる、幸せも感動も味わえなくなっていく。
だから、刺激を受けてください。
崖っぷちを知り、そこから脱出するためにも。

こんな人は神経症が悪化し、こうなれば神経症は治るという法則

直接神経症の人とは関係ないですが、ノイローゼの悩みとは無縁の人はどんな思考と行動をしているのだろうか???


のっている人・ノイローゼとは無縁の人の特徴

輝く オーラがある

のっている、生き生きしている

どんなに傷ついても平気で行動しているし、できる

異性にもてるだけの雰囲気を漂う

いつも元気だし、疲れも心地よいぐらい

目立っている、目立ちたいと思う

リスクを怖がらない、受け入れられる

自分に甘えがない、律することができる

魂からどっしり座っている

はきはきしている、自己主張ができる

挨拶がしっかりできる

てきぱき行動できる

損得勘定なしに動いている、動きつつ考える

話し上手、人を説得する力がある

悪口を言われても意に介しない

陽性、快活

自信のかたまり、自己信頼感

すべてのスピードが速い、フットワークが軽い

家でじっとしていることはない

相手の思考を読める

声がよく通る

背筋がピンとしている

プラス思考

エトセトラ

これらが乗っている人、悩まない人の行動と思考様式です
まだまだ探せばたくさんあるでしょう
これを正反対にしたら、悩みにとらわれ続けている人にぴったり当てはまります
それぐらい、いい生き方、満足できる生き方と逆のコースを歩んでいる。

でも、しょうがなくなったし、そうならざるを得ないですよね。
誰も好き好んでやっていないにしても、現実として正反対の道を歩んでしまっているという事実があります
これじゃ、いつか、巻き返せると思うこと、考えているだけではとうていできません。
ものすごいハンデを背負っているということです。
だから、「あこがれ」だけでは神経症、ノイローゼは解決できないです。


今度は、神経症にとらわれている人を書いておきます。
私を思い起こして書いたものですので、誰か特定の人をモデルとして書いているわけではありません。とはいえ、ノイローゼになる人は、考え方、行動様式がみんな似てくるものですので、けっこう当てはまる人がいるかもしれない。

マイナス思考

切り替えが遅い、割り切りが悪い

くどい、くよくよ考える

後悔の連続

のりが悪い

無気力

現実逃避

他人が目線が気になる

どう見られているか気にする

話をするのに考える、ぎこちなくなる

考えると何もできなくなる。しかしますます考える。

疲労困憊になりやすい・眠い

小細工

小ずるい

面倒くさがり

怯え/不安/恐怖/緊張

許せない、許容量がない

何でも受け身

片づけができなくなる

自己否定感、自己嫌悪感

反応が鈍い、ワンテンポ遅れる

快活さがない

姿勢も悪い、いびつになる

表情がこわばる

挙動不審

パワーがない・スピードもなくなる

表情がない・事務的

目が泳いでいる

肩がこったり、目が異様に疲れる

いつも体のどこかに意識が向いている

上を見て歩けない

妙なプライドだけは高い

理屈だけは異常に発達している

人からよく思われたい欲求が強い

100パーセント安心しても、安心できない

不平不満をすぐ言う

あの場合、この場合と何でも考える

集中力がつづかない

エトセトラ、エトセトラ、エトセトラ

これじゃあ、人生が快調な状態になることももちろん、普通レベルの生き方だって難しいくらいかもしれない
ほんとうにくるしい状況です。
そして、なによりやばいのは、今この瞬間も、この状態に磨きをかけていることです。
明日から治るわけじゃないし、一年後も五年後も同じか、それ以上の磨きがかかっている可能性が高い。
いい経験がないし、悪い経験をせざるをこの状態では得るしかないですから。
好きでなったわけではないことは確か。

だから、時間との勝負はとても重要でした。
(もう一度)なりたくてなったわけじゃない!
本当にその気持ちよくわかります
私も、どれだけ悔し涙を流したことか
発狂したくなるくらい精神的に追いつめられました。

なぜ神経症が治らない、ずっとつづくのかと。
でも、こんな行動/思考様式をせざるをえないんだから仕方がないかもしれない
こうやってたくさん挙げた例はどこから産まれてきているのでしょう?
それはすべて、神経症という悩みのとらわれているから、それらが身に付いてしまう
そうだ、神経症のハンデがなければ、すべてがうまくいくんだ
では、神経症になったのはなぜか?
原因があって、色々な経験をしたから、そうならざるを得なかった。

結局、 神経症を原因を突き止めて、自分の今までの人生にリセットをかけることにいきつく。
すべて悪いのは、神経症です。
心の傷を負わせた奴らです。(そして自己解決ができなかった自分の最終的な責任でもある)

神経症解決には、自分自身をリセットし、解決しなきゃいけないことにもつながります。
徹底的な自己改革、強化しかない。
結局はそう。
今の神経症ではまっている状況がいかに、怖いことか、しっかり知ることが絶対必要だと思います。
上に上げた例は、これじゃあ、普通に生きることも今のままでは難しいか、知るきっかけになればと思います。

どう考えても、自動的に浮上する可能性なんて皆無だと思いませんか?
待っていても、時が解決しないということ。

過去の私へ罵倒する言葉、そして神経症の人へ

もう一度、神経症ではまっていた頃への私に投げかける言葉を書き連ねます。(前の記事はこちら
ノイローゼで苦しみ続けるということは、すごく恐ろしいことだ
悩み解決の手段もほとんどない

一生悩み続けることになりかねない
神経症になったら、楽しいという経験が皆無だ
友達関係も作れない
もちろん恋人もできない
理想的な恋人は夢のまた夢

ひたすら孤独だけ
誰も自分の心をわからない孤独
愛を得られない孤独
孤独でいいという心構えもぐらつく

時には人から笑いものにされる
同情されもする
でも高い評価は決して受けられない
でも、悩んでいる人(私)は、人からよく思われたいし、高く評価されたい気持ちが誰よりも強いという皮肉

よけい心が沈み込むのは当たり前
どんどんエネルギーがすり減っていく
生きているのか死んでいるのかわからない人間ができあがる
強い薬を飲み始めたら、薬の副作用で眼の光まで無くなっていく。

知恵が働きすぎるほどの、素晴らしくも情けない頭。その良さが発揮できない
細かいことにとらわれ続ける自分が情けなくなる。

自分を守るためにプライドが肥大化する。だからよけい恥をさらせない
人から取っつきにくいと思われる。第一印象から悪い感じを与えてしまう
悪いオーラばかりが出てしまう
そのプライドの高さに反して、人からは高い評価を得られない。
だからよけいプライドを高くして防衛だ

人から変に思われる。
変に思われたくないのに、どうしても挙動不審をとってしまう

異様に人から評価されることが怖い。
だから 評価をさけるために目立たないようにする

目立ったことをしたくない。存在感をゼロにしていきたい
無人島で一生終えたい

人を信じられなくなる
猜疑心だけがどんどん身に付いて、行動が何もとれない。だから口先だけになる

恋人をほしいと思っていても、出会いがないとぼやく。
何の努力も恥もかけないのに異性への理想だけは異常に高い

この神経症の悩みさえなければ何でもできるはず、といつも思っている。
この悩みが解決すれば、すべてがうまくいくという幻想を抱いている
しかし、現実は何もかも神経症のせいでうまくいかない。

未来を考えるのが怖い。
神経症である未来を見てしまうと、生きている意味がなくなるからだ。

今度傷ついたら、生きていけないとおびえて生きている。
傷つきたくないから、冒険ができない
いつも自分を守っている。あけっぴろげに行動できない
自分を出せず、能力も発揮できない。

症状だけでも苦しいから、他の苦しいことへの耐性がどんどんなくなっていく
やる気はおろか、集中力、持続力すべてがなくなっていった
悩みに耐え続けている自分に、妙な誇りを持っている

一時しのぎを永遠と繰り返している。その罠に気づいていない
悩みの苦しみ競争では自分こそ一番だと思っている
悩みの苦しみがNo.1だと妙なプライドを納得できるのに、それでも治りたい
治っていく自分を今度は不安に思い始める
低く安定した今の苦しい状況のほうが、なおるために努力をしてきつい思いをするよりもいい

ぼーっと 悩んでいる方が得だという、変な考えがどこかにある
症状が良くなっている自分に気がつくと、今度は悩んでやろうと無意識で思ってしまって、症状を呼び寄せる
悩んでいない自分がとても不安になる

人に顔色をすぐ読まれる。一生懸命読み取られないようにガードしているのにもかかわらず。
小細工を労す
小ずるい
甘い
最悪だ
こんなにマイナスオーラを発していていいのか

そんなお前でも、最期の最期で運だけは良かった。
あれだけ心(潜在心理)にメスを入れられる腕の人に出会ったのだから。
巡り合わせの幸運だ。

神経症の改善だけじゃなく、燻っていたお前の夢も再始動できた。
もし、あの人に出会えなくて、最悪の状態のままだったら、お前はどうしていた?
だから感謝しなければならない
悩み続ける人生が終わったことに。
お前を取り戻し、再び自分の足で地を踏みしめて歩き出せたことに。

治っていなかったら、死ぬ勇気がお前にはあったか?
死にたい、死にたいと思っているくせに、いざ実行するとき怖気づかないか?
だが、もはや神経症がずっと続いていったら、そんな勇気がなくても、死ぬしかない状態まで追い詰められていただろう。
それぐらいズタボロの精神状態になっていたことは間違いない。

だから、いまお前は一分一秒の時間を大切にしろ。
神経症でどうしてもできなかったことができるようになっているのだから、惰性に陥らず、大きな目標を達成しろ。
そのためには、神経症で苦しんできた時期を思い浮かべろ。
あの苦しさを考えたら、どれだけの困難が待ち構えていたとしても、ちっぽけなことじゃないか。

2010年9月 6日 (月)

今神経症に飲まれている人へ こうして私は悪循環から脱出した

今はただほっとしたいだけ
頑張ろうとする努力も起きない
まったくやる気が起きない

今はただ休息したい
すごくホッとするのはとても大事なこと
張りつめた心に休息を与えなければやっていけない

かつて私がそうでした
いつも神経症で溺れていた
だから、藁でもなんでもいいから欲しかった。

でも、結局は魂の部分が必要となってきました
心が神経症に呑まれ続けることを止めるのは、自分のハートしかなかったのです

ほっとしていて、惰性に入っていたんじゃ、また症状がよってくるものです
あるいは、その繰り返しを私みたいにやってきた人もいるかもしれません
これは経験でよくわかる。さんざん経験してきました
よくなったと思ったら、またぶり返す。

毎分毎秒続く、この苦しさがすこしでもやわらげば、といつも思ってきた
薬に頼ってしまうのも、楽して治ろうとするからだし、きついことをしなくていい甘えにすぎない。
(緊急時の薬服用はもちろん否定しません)

まずはホッとしましょう
心の、命の洗濯をしましょう

それでは、ホッとするにはどうしたらいいのか?
ホッとしてはじめて見ることができる世界があります。
溺れていたら何にもできません。
この私の経験も意味がないものになります。

私は悩み克服のプロ中のプロと呼ばれる心理セラピストに救いを求めました。
その人のプログラムを通うだけでホッとできました。
なぜなら、心の抑圧処理ができて、先が見えたからです。

またトラウマ処理もしていったからです。
神経症になった原因がはじめてはっきりつかむことができたからです。
体と心にリラックス感を与えてもらえたからです。

自分の心をわかってくれたと思えたからです。
これほどの人ならば、と期待が一気に出てきました。
そのとき、どれほどホッと私ができたことか。
破滅せずにすんだ、本当に助かりました。

いまも神経症に飲まれているのも理由が必ずあります。
まさか悪霊が憑いているわけじゃないでしょう。
前世で悪事をはたらいたからでもないでしょう。
元々の罪人だったからでも、交通事故にあったようにいきなりなったわけでもありません。

きわめて合理的・科学的・論理的・心理学的に生じています。
今苦しんでいるのは、整合性があり、しょうがないです。
だって、起こるべくして起こっているのだから。
何をしても無力です(身も蓋もない言い方ですが)

悩みに陥らない人は、悩む理由がないから悩んでいない。
あなたは悩む必要があるから、悩んでいる。
悩まざるを得ないからです。

元もと悩むために生まれてきたわけでもありません。
その理由を見つけ出していくと、心に余裕が生まれてきました。
神経症にやられ続ける悪循環が止まったのです。
その上で、徹底して立ち向かっていくしかない。
いますぐホッとするためには、結局それしかなかった。

私のことを言うと、その出会いで心に余裕と枠ができ、心をリセットして、神経症に立ち向かえました
だから、最高の出会いが、すべての鍵になります【一人の力では何とも無力でしたから】
藁を持つかむ状態で、私は先生に救いを求めました。

でも、藁をつかんだのではなくて、陸地をしっかりつかんでいました。
というよりは、陸地を引き寄せてくれた先生がいたから、助かりました。

目の前の苦しさから逃れるために、今もあらゆる対策をとっていると思います。
でも、そんな対策はよけい苦しい状況に自分を追いつめてしまうだけです。
結局、根っこの部分から悩むと向き合う、それが脱出の最短距離でした。

わけがわからないから、いっそう神経症に飲まれました。
わけがわかったら、ホッとできるようになりました。
これはみんなにあてはまることだと思います。

神経症の悪循環は、普通にやっていたら断絶させることはできません。
もっと根本的な深い部分から、自分を変えていくしかなかった。
神経症は理論や理屈で治るほど甘くはない。
しかし、無意識から解決していけば、必ず克服できる。

神経症に苦しんだ過去のお前への言葉

神経症に苦しみ続けられた過去のお前へ

いつか見返してやろうなんて、夢のまた夢。
せっかくのすばらしい能力も発揮できないまま過ごさなきゃいけない。
細かいことばかりにこだわって、魂が空っぽにもなってしまう。

いつしか神経症を克服する努力も惰性に陥る。
自分がいい方向に変わることすら、恐怖をおぼえてしまう。
そして、誰よりもむなしい時間が過ぎていくだけ。
情けない状況になって、ほんとうに情けない奴だ。

とことん考えに考え、出た結論は、恐怖と不安を増すことだけに終わってしまう
いつもいかに症状を抑えるか、人をいかに避けるか、傷つかないようにするか、そんなことしか考えない

「この症状さえなければ」なんて永久に繰り返している。
みんな繰り返しているけれど、そのたった一つの悩みすら克服できない
人の幸せが憎くなり、よけいコンプレックスを抱える
どんどん進んで、幸せな人を抹殺したくなる
そんな勇気はまったくないけれど。

家族も友人も誰も自分の気持ちをわかってくれない
孤独だ。どんなに苦しい状況なのかわかってもらえない

所詮、同じ悩みの人しかわからない
人の顔色を気にし続けてへとへとになってて馬鹿みたいだ
はっきりいって、認識が甘すぎる。
苦しいから、逃避し続けている
いつしか無意識にいつも逃げる選択しかなくなっている

小細工を労して症状に対策をとろうとしている
だから、症状を治すことに立ち向かうことをしない
いろいろ治すための苦労をしている?

結局、してないに等しい
すべて相手任せ
何をしても良くならない自分の症状を呪う
よけい猜疑心が増し、しまいには治る手段も消え去る

プライドだけ高くしていって、よけい自滅している
プライドで自分をがちがちに守ろうとする
実態がないから、不安が増すだけ

馬鹿になりきることもできない
異様に理性だけ発達している
これじゃ異性にもてないのはあたりまえ

恋人ができたとしても、同種類の人間しかできない
何の楽しみもない人生だ
楽しめるのは、逃避に使っている手段だけ
もし目の前に自分と全く同じ他人がいたら、大嫌いになるかもしれない
いや絶対シカトしたり、毛嫌いするはずだ。

だから、もう限界だと言うことを自覚するしかない
いつまでうじうじ腐っている!
神経症に好きこのんでなった訳じゃないけれど、もう人のせいにするな
一回しか人生はないんだ

今まで神経症克服に長くかかったのは、もう自分のせいだ
人に振り回され続けているのはやめにしよう

一生懸命がんばっているのはよくわかる
必死で耐えているのもよくわかる
だからといって、そんなことにプライドを持ってもしょうがない

いくら努力しても、良くならないんじゃ、意味がない
頭の上でこねくり回すのはもう終わりにしろ
魂の部分から変わっていけば、悩みも寄りつかなくなる

トラウマもトラウマと感じなくなればいい
でも、 知恵での対策はよけい症状を悪化させる
もう変わろう
悩んでいる自分を打ち破ろう

甘えはやめろ
惰性にも陥るな
それは不可能じゃない
可能なんだから

それをはっきり認識してから、お前は神経症を克服できる方程式をつかめる。間違いない。

ずっと神経症の悩みを引きずり続ける人へのエール

神経症・・・・今のままでは良くない
こんなことじゃ、一生今のままの状況が続くに決まっています

否、もっと悪化するかもしれない。
マイナスの経験ばかりだと、いつかさらなるマイナスがおそってくる。
それは抑うつ状態かもしれないし、対人恐怖症の悪化かもしれない。

いや怖い話、統合失調症の可能性もある。
パニック障害の人は鬱病へと進むかもしれない。
強迫観念が増すかもしれない。

部屋を一歩も出られなくなるかもしれません。
妄想が襲ってくるかもしれない。
特定の場面だけじゃなく、何をしていない時だって、きつい状況にもなるかもしれません。
ただじっとしているだけなのに、さまざまな不安が襲ってきて、落ち着かなくなる。
食い止めようがなく、神経が暴走していく。

ひどいと幻覚や幻聴まで見てしまいます。
ここまでいくともう神経症という状態じゃありません。精神病です。
神経症はそこまで人を追いつめていってしまいます。
人の心は折れたら、本当にもろいです。
まだ折れていないギリギリの今が、最後のチャンスです。
もう人生が本当に終わりかけていることを自覚しないと、本当に終わる。

心から神経症や原因、置かれた現状を理解できると一変します。

今の状況は厳しい。でも、いま治さないと、もっと一生厳しいまま。
いつまで悩みにとらわれていいはずはありません。

そんなこと頭ではわかっているに違いない。
私は当たり前のことを言っていますから。
みんな言われるまでもないことばかりです。

でも、心からわからないと意味がない。
そういう意味じゃ、本当に気づいていない、神経症がどれだけやばいかってことを。
身に染みてわかることがないとダメだと思う。

悩みのベテランほど理屈臭くなるけれど、そういう人はちゃんと何が足りないかよく知っている。
ある意味頭が働く人だから、理屈を使って何とか解決しようとするから、逆に厄介になっている。
でも、できないのは本当に気づいていないからでしょう。

悟りに近い「気づき」が絶対必要だ。
心の芯からわかっていますか?
私は、ほんとうに心から認識したら、すごく楽になりました

このまま劣等感と不満を増していって、いいわけはないです。
誰も治してくれない? そんな人間は存在しない?
まずは自分で悩んでいる症状なんだから、自分で責任を持つ勇気。

猜疑心の固まり、行動ができない現状、自信を積み重ねることもできなイママ時間が過ぎていく。
逆に、悩みを強化することしかやっていない、いや、やらざるを得ない状況にあるかも
この先のラインにあるものはもう見えています。
怖くて想像することも嫌かもしれませんが、かなり悲惨な未来です。
神経症がいつのまにか自然に治っていることはないでしょう。

これは脅しではなく、エールとして受け取ってください!
大丈夫です、必ず神経症は改善します!!と言いたいけれど、マイナスのモチベーションを上げることも私にとって必要でしたから、こういう書き方になりました。

心に火がつくには、時には怖いことを言われないとわからないことが、ありましたから。
それが神経症改善の第一歩になった気がします。

神経症は普通の生活を破壊します。
そして一生続いていくものです。
それを変えるには、普通のことをやっていたら、達成は不可能でしょう。

『神経症治療のためのコラム』作成理由と悩んでいる人の甘さについて

序文

このブログ『神経症克服のための方程式』を立ち上げた理由(ホームページから移転しました)

私がこのサイトを立ち上げようとした理由。
インターネットにある神経症に関する個人サイトのほとんどすべてが 傷のなめあいや苦しい心の吐露といったものです。薬自慢やリストカット自慢、悩み自慢、弱音自慢・・・・キリがありません。
それはそれで、ある役割を立派に果たしていると思う。

だが、神経症を克服するための役に立つかと言えば、そうでない。
逆に、読んだ人を神経症の闇へともっと引きずり込んでしまう。
神経症が良くなっていない人が書くのだからしょうがないと思うけれども、
それだったら、悩んでいる人には厳しいことでも、役に立つ何かを書いた方が、よっぽど親切だと思う。
それをふまえて以下を読んで下さい。

けっこう厳しいこともきついことも書いています。
でも、それはすべて、昔の悩みのどん底にはまっていた私自身に吐いた言葉です。
いざ書いたら、出るわ出るわ(笑)
悩みつづけるには原因があります。
それは人のせいじゃない。最終的には神経症とは自分のせいだと言うことが大前提です。
責任は人がとってくれるのではない。

人の問題じゃない。
自分の問題だ。
いくら苦しんで泣き言を言っても、良くなるわけではない

神経症で苦しんでいる人は「甘さ」がある思う(かつての自分が誰よりも輪をかけて甘かったことを白状します)
神経症の苦しみは筆舌に尽くしがたいです。

だが、いくら苦しんでいるからって、それが免罪符になるわけじゃない。
苦しめば、それだけ、後に幸せが来ると思う?
絶対来ないはず。来るのは、更なる地獄の苦しみだけです。
きっぱり断言しておきます。

時には疲れ切ってずっと寝ていたり、泣いたり、愚痴を言ったり、ものにあたったり、親にあたったりすればいい。
ネットで弱音を吐いてもいい。
とことんやればいい。
が、泣き言をいくら吐こうと、何の解決にもならない。

どこかで立ち上がらなければいけない。
神経症や世の中は甘いものじゃない。
甘いのは自分自身なんだと言うことです。

一回り違う「甘さ」

神経症で苦しんだ分、自分は精神的に強くなっていると思う?
逆に弱くなる。もう傷ついたり、きつい思いはしたくないからです。
雨降れば地固まるなんてことはない。

神経症で悩めば悩むほど、泥沼になっていきます。
いずれは底なし沼。
神経症になったら、もう幸せな人生は望めない。

ずっと焦り、不安、恐怖、苛立ち、怒り、嫉妬、劣等感、自信喪失、抑圧ばかりが永遠と襲ってきます。
それを繰り返しても、いつのまにか良くなっていることもない。
悪くなる一方で、生きている必要性がまったくなくなる。
なにせ苦しみしか味わえなくなるのだから。

必要なのはただ悩んで苦しむことではなく、自己改革をしなくてはいけないということ。
そのためにもがいて悩み苦しむことはいいことだと思います。

しかし、いくらもがいてもやり方を間違えると底なし沼での足掻きになってしまうだけ。
いくら知恵を振り絞っても、心に火がつかないと(甘えがあるままだと)すべてがのれんに腕押しになってしまいます。

そもそも、「甘さ」とはなんだだろう。
私が言う、「甘い」という言葉は、一回りした別次元の「甘い」です。
神経症の苦しみを知らない人、人の気持ちがわからない奴らがよく言う「甘い」とは違います!

ここをちゃんとしておいて下さい。
カミソリ入りのメールを送られても困りますから(おくれっこない? いや今はウイルスがある)

泣き言を言ってもはじまらないのはそこなんです。
私が神経症克服できた最大の原因の一つに「甘さ」の排除があります。
排除したと言うより、自分の神経症をより悪化していた「甘さ」を気づかせてくれた先生がいた。
その上で自分をしっかり見つめ直して、自己変革を心がけていったと言うことです。

良くなるためには、泣き言や理屈、ご託宣を並べても効果がない。
やっぱり、苦しい症状でも前進しなきゃいけない。
そこの決意です。
でも、しかし、自分の場合は、と思うかもしれません。
そこが「甘い」と言うところです。

最初に言っておきます。
神経症克服には勇気と覚悟が絶対必要。
それは「甘え」とはまったく逆方向に位置するものです。


「甘さ」の種類

「甘い」と言うことは、神経症への「認識の甘さ」
いつか治っていてほしいという希望の「甘さ」
自分の人生に対する厳しさが足りない「甘さ」
冒険ができない「甘さ」

傷ついても前へ進むことができない「甘さ」
知恵だけで神経症に対処できると思っている「甘さ」
リスクをとれない「甘さ」

自分が変わることが怖いと思う「甘さ」
人がいつかどうにかしてくれると思う「甘さ」
薬が神経症を治してくれると思う「甘さ」

何か当てはまっていることはあるでしょうか?
私がこう書いているのも、すべて私自身が当てはまっていたからです(笑)

それよりもマシならあなたは大丈夫です。
私でも甘えの排除ができましたから。

私もさんざん「気のしすぎだ」とか「甘いから悩むんだ」「なんでくだらないことで悩んでいる」
と「部外者」から言われ続けてきました。
そして、どうしてもできない自分を卑下しました。

でも、神経症を治していくにあたって、やはり自分が甘かったからだ、と痛感しました。
心に火がついてからです。
結果的に甘えを排除でき、覚悟が身につきました。

それは、悩みがわからない人が言う「甘さ」とは質が違います。
そこのところをよくわかって欲しいです。

それでも、神経症はいつのまにか治っている、何とかなるなんて考えも甘いと思います。
もうぎりぎりのところまで追いつめられていることをはっきりわからなくてはいけないと思います。
追いつめられていることを自覚しないと、ずるずる悩んでしまいますから。

神経症は今まで良くならなかったら、これからも良くなると言うことはないといって過言ではありません。
怖いことを言いますが、悩みは悩みしか再生産しません。
希望は生まれませんので悪しからず。
絶望や苛立ちや憂鬱ばっかりに打ちのめされていきます。

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