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2010年9月 7日 (火)

私(ベシ)のこと 神経症(ノイローゼ)克服体験のコラム

私のこと(ベシ)について書いていきます。

うつ病と対人恐怖症(社交不安障害)で人生をだいぶロスしてきた。
青春時代がほとんど無駄になった。
他人と比較して、無駄なことに耐えて、無駄な時間を過ごすしかできない自分。

ホッとできる瞬間すらなかった。
劣等感のかたまりだった。
いいことなんかほとんど経験してこなかった。
一番人生で大切な青春時代が、暗黒時代だった。
ますますコンプレックスのかたまりになった。

将来のことを考えても展望が開けなかった。
あと60年、このまま生きなくちゃいけないのか?
怖気づいたし、先のことを考えることをやめた。
悪いことしかかんがえられなくなり、不安になるからだ。

そんな人間が、いつのまにか神経症が治っているなんてありえなかった。
いつか治っている希望だけが、生きる糧だった。
しかし、そんなことは甘すぎる考えだった。

今苦しんでいる人間が、時間とともに、更に悩んでいくのは当たり前だ。
暗黒の青春時代で、いい思い出がない人間ならば、もっと人と差が出てきてしまうからだ。

とにかく、どんな方法でもいいから、はやく治りたかった、焦って焦ってしょうがなかった。
でも神経症が治ることはなかった。
人と比較して、悔しくて悔しくてしょうがなかった

しまいには、神経症でクタクタに疲れ果てて、低く惨めたらしい生活にすら逃げ込むようになった。
克服する意欲も消え失せようとしてた頃。
もう俺はダメだと思った。
いつも憂鬱で、頭が重く、気分がすぐれない。
以前は、その状態から脱しようと気力を振り絞って、立ち向かっていた。
でも、そのパワーも無くなっていった。

でも大転機がある時あった
それはあるカリスマ心理セラピストの出会い。
当時、惰性でただ通っていた心理カウンセラーが、困り切っていた僕を見かねて教えてくれた。
このカウンセラーにはとても感謝している。
岩波先生という特殊だが、かなりの能力の持ち主ならば、いやそれぐらいの人でないと、私の神経症がよくなることはないと思ったのだろう。
まあ、もっと早く教えてもらいたかったと思ったが、教えてもらっていなかったら、神経症が良くなっていることは、今もなかっただろうから、ありがたいことなのは間違いなかった。

人とのつながりは、大きな大きな可能性を生んでくれた 。
そして、岩波先生の圧倒的な無意識訴求能力で、すべてが劇的に変わっていった。
悪い方向に転がり続けた歯車が、止まってくれた。

そして、徐々に、最初はゆっくり、次第に加速をつけて良い方向に回り始めた。
こんなうれしいことはなかったし、これからもないだろう。
上向きの人生を送る気持は、『坂の上の雲』だった。
どんなに頑張っても不可能だった神経症に、確かな改善の実感が出てきてくれたのだ。

神経症克服以外の副産物もあった。
営業の成績があがり続けた。
だから相手の心理も的確に読めるようになった。
だから人が怖くなくなったのはもちろん、自信が出てきた。

人間関係がいいと毎日が楽しくなる。
職場でも私生活においても、充実していった。

『人は人、自分は自分、他人の思惑は関係ない』と思って生きているが、だからこそ、人から認められるようになったと感じた。
人に振り回されないで、私がどうやって行きたいのか、どうしたいのかがメインに生きられるから、疲れないし、やりがいがすごく出てきた。

今まで押さえ込んできたことを、できなかったことをするようになり、刺激も受けられる。
そして心が弾む。

悪い時には一気に悪くなるものだが、良くなる時も同じだと思った。
無意識の歯車の悪回転を止めれば、良い方向に一気に行けるものだ。
だから、自分自身を肯定的にとらえられるようになった。

人とにらめっこしても、負けない胆力もついた。
そう、自分に大きな頼れる背骨がもう一本ついているような感覚だ。
自己を信頼でき、生きていて楽しい。

怖いものもなくなってくる
前に恐怖を感じていたものが、何でもなくなってくる頼もしさだ。
私はこんなことに過度に怯えて生きてきたのかと、情けなくなるやら笑ってしまうやら。

神経症克服の過程で足りないもの、足りなかったものを実感した。
それは「甘え」の構造だった。
親に対する甘え、自分に対する甘え、ノイローゼに逃げ込む甘え(悩んでいる方が得だという非常に矛盾した気持)、現状と未来に対する甘え。
この屈折した人生に責任を持てるのは誰なのだろうと自問した時、俺しかあり得ないと強く感じた。

私がやらずして誰がノイローゼを脱出させてくれるのだ?と。
これはものすごく挑戦的で、不遜で、攻撃的な感情だった。
いわゆるモチベーションが飛躍的に高まった状態だった。

もちろん、その時岩波先生の元で、心理プログラムを受けていたわけだが、先生の誘導技術で、感情が急激に揺り動いた時、私の悪循環が止まっていくだけのパワーが身についたといえる。

その時に導いた答えが、このコラム(ブログ)に書いていること、この記事に書いていることだった
感情のパワーは絶大だ
このパワー無くして、自らの心をリセットし、過去を清算し、己を変えていくことは難しいと感じている。

そのために、それぞれの神経症克服のための方程式に組み込んで欲しいです
神経症を解決した人は、すべからく同じような感情的な『気づき』を経験しているのではないか?
神経症で見えなくなっている克服の方程式が、見えるようになる。
そうなると、自分のやるべきことがはっきり見えてくる。

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