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2010年9月 6日 (月)

『神経症治療のためのコラム』作成理由と悩んでいる人の甘さについて

序文

このブログ『神経症克服のための方程式』を立ち上げた理由(ホームページから移転しました)

私がこのサイトを立ち上げようとした理由。
インターネットにある神経症に関する個人サイトのほとんどすべてが 傷のなめあいや苦しい心の吐露といったものです。薬自慢やリストカット自慢、悩み自慢、弱音自慢・・・・キリがありません。
それはそれで、ある役割を立派に果たしていると思う。

だが、神経症を克服するための役に立つかと言えば、そうでない。
逆に、読んだ人を神経症の闇へともっと引きずり込んでしまう。
神経症が良くなっていない人が書くのだからしょうがないと思うけれども、
それだったら、悩んでいる人には厳しいことでも、役に立つ何かを書いた方が、よっぽど親切だと思う。
それをふまえて以下を読んで下さい。

けっこう厳しいこともきついことも書いています。
でも、それはすべて、昔の悩みのどん底にはまっていた私自身に吐いた言葉です。
いざ書いたら、出るわ出るわ(笑)
悩みつづけるには原因があります。
それは人のせいじゃない。最終的には神経症とは自分のせいだと言うことが大前提です。
責任は人がとってくれるのではない。

人の問題じゃない。
自分の問題だ。
いくら苦しんで泣き言を言っても、良くなるわけではない

神経症で苦しんでいる人は「甘さ」がある思う(かつての自分が誰よりも輪をかけて甘かったことを白状します)
神経症の苦しみは筆舌に尽くしがたいです。

だが、いくら苦しんでいるからって、それが免罪符になるわけじゃない。
苦しめば、それだけ、後に幸せが来ると思う?
絶対来ないはず。来るのは、更なる地獄の苦しみだけです。
きっぱり断言しておきます。

時には疲れ切ってずっと寝ていたり、泣いたり、愚痴を言ったり、ものにあたったり、親にあたったりすればいい。
ネットで弱音を吐いてもいい。
とことんやればいい。
が、泣き言をいくら吐こうと、何の解決にもならない。

どこかで立ち上がらなければいけない。
神経症や世の中は甘いものじゃない。
甘いのは自分自身なんだと言うことです。

一回り違う「甘さ」

神経症で苦しんだ分、自分は精神的に強くなっていると思う?
逆に弱くなる。もう傷ついたり、きつい思いはしたくないからです。
雨降れば地固まるなんてことはない。

神経症で悩めば悩むほど、泥沼になっていきます。
いずれは底なし沼。
神経症になったら、もう幸せな人生は望めない。

ずっと焦り、不安、恐怖、苛立ち、怒り、嫉妬、劣等感、自信喪失、抑圧ばかりが永遠と襲ってきます。
それを繰り返しても、いつのまにか良くなっていることもない。
悪くなる一方で、生きている必要性がまったくなくなる。
なにせ苦しみしか味わえなくなるのだから。

必要なのはただ悩んで苦しむことではなく、自己改革をしなくてはいけないということ。
そのためにもがいて悩み苦しむことはいいことだと思います。

しかし、いくらもがいてもやり方を間違えると底なし沼での足掻きになってしまうだけ。
いくら知恵を振り絞っても、心に火がつかないと(甘えがあるままだと)すべてがのれんに腕押しになってしまいます。

そもそも、「甘さ」とはなんだだろう。
私が言う、「甘い」という言葉は、一回りした別次元の「甘い」です。
神経症の苦しみを知らない人、人の気持ちがわからない奴らがよく言う「甘い」とは違います!

ここをちゃんとしておいて下さい。
カミソリ入りのメールを送られても困りますから(おくれっこない? いや今はウイルスがある)

泣き言を言ってもはじまらないのはそこなんです。
私が神経症克服できた最大の原因の一つに「甘さ」の排除があります。
排除したと言うより、自分の神経症をより悪化していた「甘さ」を気づかせてくれた先生がいた。
その上で自分をしっかり見つめ直して、自己変革を心がけていったと言うことです。

良くなるためには、泣き言や理屈、ご託宣を並べても効果がない。
やっぱり、苦しい症状でも前進しなきゃいけない。
そこの決意です。
でも、しかし、自分の場合は、と思うかもしれません。
そこが「甘い」と言うところです。

最初に言っておきます。
神経症克服には勇気と覚悟が絶対必要。
それは「甘え」とはまったく逆方向に位置するものです。


「甘さ」の種類

「甘い」と言うことは、神経症への「認識の甘さ」
いつか治っていてほしいという希望の「甘さ」
自分の人生に対する厳しさが足りない「甘さ」
冒険ができない「甘さ」

傷ついても前へ進むことができない「甘さ」
知恵だけで神経症に対処できると思っている「甘さ」
リスクをとれない「甘さ」

自分が変わることが怖いと思う「甘さ」
人がいつかどうにかしてくれると思う「甘さ」
薬が神経症を治してくれると思う「甘さ」

何か当てはまっていることはあるでしょうか?
私がこう書いているのも、すべて私自身が当てはまっていたからです(笑)

それよりもマシならあなたは大丈夫です。
私でも甘えの排除ができましたから。

私もさんざん「気のしすぎだ」とか「甘いから悩むんだ」「なんでくだらないことで悩んでいる」
と「部外者」から言われ続けてきました。
そして、どうしてもできない自分を卑下しました。

でも、神経症を治していくにあたって、やはり自分が甘かったからだ、と痛感しました。
心に火がついてからです。
結果的に甘えを排除でき、覚悟が身につきました。

それは、悩みがわからない人が言う「甘さ」とは質が違います。
そこのところをよくわかって欲しいです。

それでも、神経症はいつのまにか治っている、何とかなるなんて考えも甘いと思います。
もうぎりぎりのところまで追いつめられていることをはっきりわからなくてはいけないと思います。
追いつめられていることを自覚しないと、ずるずる悩んでしまいますから。

神経症は今まで良くならなかったら、これからも良くなると言うことはないといって過言ではありません。
怖いことを言いますが、悩みは悩みしか再生産しません。
希望は生まれませんので悪しからず。
絶望や苛立ちや憂鬱ばっかりに打ちのめされていきます。

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