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2012年2月 3日 (金)

神経症に陥った人に潤いある人生は望めるか? 普通にやっていたら難しい

久々の更新となります

私は神経症でしたが、このコラム(ブログ)には、私が悩み苦しんだ上でつかんだ決心や決意、覚悟を書いていこうと思っています。
神経症に限らず、人が悩むと、その人から覚悟や決意、勇気、攻めの姿勢、チャレンジ、果敢さ、溌剌さ、割り切りさを奪っていきます。

そうなると、いくら本を読んでも、ベースがボロボロになっているから、知識で悩まない生き方を理解しても、悩みは一生解決しません。
努力が足りないからでもなく、神経症を解決する能力がないからでもありません。

苦しみがずっと続くのは、誰のせいでもなく、神経症というものがそれぐらいやばい症状だということです。
人生にうるおいは全くなくなり、苦しみだけを味わい続け、言い方が悪いが、人が本来持つべき明るさや快活さといった要素を奪ってしまった「出がらし」になりかねない。

そこで、苦しい思いをすると、人は潤いを求めてしまう。
普通になろうとする。(しかし、普通には決してなれない現実)
もうつらい思いはしないために、必死で防衛ラインを敷いて、あわよくば逃げきろうとします。

でもこれは誰でもやってしまう当たり前の反応です。
だからこそ、神経症になった人は、なかなか克服できない。
神経症という辛いことから逃げて、自分を守ろうとするのは当然で、私(ベシ)もずっとそういうことを繰り返してきました。


でも、神経症の恐怖から逃げきる事なんか出来なかった。
恐ろしいことに、神経症という身動きできないことを理由に甘えて、攻めること、チャレンジすること、覚悟と決めること、勇気を振り絞ることを拒否していました。
その結果、蟻地獄に陥ったアリンコのように助かろうともがけばもがくほどますます状況が悪化していく罠に陥った。

その時の私は、蟻地獄(神経症)をぶっ殺すために、自ら地獄の中心に進み出るなんて思っても見なかった。
しかし、岩波先生との出会いで、逃げていてばかりでは駄目だ、覚悟を決めて、もう潤いも求めずに、一生生きていくぞという風に切り替えることが出来ました。

神経症に陥ったらもう一生潤いみたいなものに包まれる真似はしないという決意です。
そもそも、そこで潤いを求めるからこそ、甘えが入って、常に一時しのぎと逃避と防衛ラインの構築だけで、苦しみながら一生を終えてしまうのでしょうね。


神経症は自分の脳味噌と無意識の中に、こんがらがったように巣食っています。
いくら逃避しつづけても、ちょっと一時しのぎしようと頑張っても、逃避しきれるものじゃないし、潤いは望めないもの。

一度悩み抜いたら、もうそのままいってやる! という決意こそが、本物の潤いに包まれる経験を私はしました
それは覚悟が要りました。
だけど、いつまでも一時しのぎをしていたら、神経症の呪いは一生心についてまわったことでしょうね。

岩波先生のがよく言う「普通になんてなるんじゃないぞ!」という言葉は、それを目指したら、潤いは一生望めないぞ、という意味でしょう。
それがない覚悟をしたからこそ、岩波先生も私も潤いの雨が人生に降って来たと思います。
まあ、私なんか先生の胆力、覚悟の力に比べたら、てんで足りませんが・・・・・・

最近、岩波先生のDream Art Laboratoryのホームページにも、岩波の言葉が充実しているので、そちらを読むといいと思います。
神経症克服に必要な宝石のような言葉が沢山あります。

だけど、注意してほしい点があります
宝石は深く山を掘っていってはじめて手に入るものです。
そこらへんに転がっているものじゃない
山深くに埋もれている石ころを宝石とするには、自分の強い決意が必要なんだということ。

岩波先生の言葉を知識だけで理解してはもったいないです。
深く気づいてください。

それに注意して読めば、ものすごい神経症克服のヒントが詰まっていることでしょう
岩波先生の言葉・講演集
Dream Art Laboratory Official Page

潤いのある人生を取り戻すには、人がやってしまう行動、思考回路を破壊してください。

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