« 2013年4月 | トップページ | 2014年3月 »

2013年7月13日 (土)

神経症克服のための行動が取れない人は一生苦しみ続ける

怖いタイトルでもうしわけありません。
しかし、神経症になって自体が深刻化しているのに、現実を見ないで、ただただ辛さを通り過ぎることを待っている人がいる。
そういう人には未来はやって来ません。

たしかに逃避も必要。
休息も必要です。
が、それらは、立ち上がるための充足期間でなければなんにも意味がありません。

神経症は黙っていたら、勝手に軽減に向かうことはありません。
だが、その現実を受け入れることはなかなかできません。
少しでも希望を持ちたいからです。

でも、そんなことをしても時間がすぎるだけです。
時間とともに神経症はどんどん自分と同化します。
そもそも生まれながらの神経症はいません(神経症的性質の人はいますが)
後天的な出来事でそうなっているから、神経症じゃない状態に戻ろうと思えば戻れるのです。
しかし、神経症克服のための行動が取れない人がずるずる時間が過ぎて行くと、神経症じゃない自分の想像ができなくなります。

想像ができなくなるとはどういうことなのか?
私は神経症から脱出するためには、神経症ではない自分が想像できなくてはいけないと思います。
想像ができるから、それが現実化してくれるわけです。
プラス暗示をいれこんでも、想像できないことは暗示は入らないと思います。
想像できるからこそプラス暗示がプラスとして深く浸透するわけです。

だから、完全同化するまえに行動してください。
寝ているだけではダメです。

行動とは何か?
自分自身を肯定するための行動です。
しかし、高いリスクが有ります。
最初から肯定できるはずがないからです。
しかし、思っているだけでは肯定感は出てきません。
肯定感が出る一番の方法は、肯定感がでなくてもいいから、チャレンジしていく、そういう愚直な自分を認識することです。
打たれても打たれても立ち上がるボクサーのように。
仮にその試合に負けても、その気持が、次の飛躍のきっかけを必ず作ってくれます。

そういうリスクを経て、はじめて心が大きく生産的な方向に動いてくれると思います。
私の経験から強くそう言えます。
神経症克服は甘いモノではありません。
しかし、もっと甘くないものは、神経症そのものです。

やばいすぎるほどやばい症状が、神経症です。
精神的な末期がんぐらいのやばさだといえばわかるかもしれません。

どちらの道を歩んでもイバラの道、だからこそ、先に光が見える方向に、見えなくても、神経症克服した先人たちが到達したであろうゴールに向かって愚直に歩んでください。
途中休んでも構いません。
そしてまた立ち上がってください。

そうすれば必ず未来は開けます。

« 2013年4月 | トップページ | 2014年3月 »

無料ブログはココログ

神経症克服唯一の方程式を解いた人たちのリンク