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2015年10月23日 (金)

神経症が治らなかった暗黒の未来と完治後の日々の比較

私がもしあの時、神経症が治っていなかったら、今の私はありません。
私の神経症は対人恐怖症、社会不安障害、そしてうつ病でした。

 

あの当時、私は常に怯え劣等感ばかりで、自信なんて完全に失っていました。
人が怖い、人の評価が怖い、人の視線が怖い、悪口が怖い、疎外されることが怖い、孤独も怖い。

 

何をするにしても不安だらけで、下らない小さなことでも傷ついていました。
いつまでもクヨクヨと悩み続けていました。
人が何気なく発した一言でも、その裏の意味をマイナスにとってしまい、悩み続けていました。
あの言葉は、私に対して当てつけでいっているに違いないとか、バカにしているとか、見下されているとか、今から考えると、どうでもいいことばかり悩んでいた。

 

そんな私だったから、勝手に一人で不安になって傷ついてばかりでした。
そんな精神状態から、世の中を見回しても、恐怖感しかなかった。
人が怖い、視線が怖い、けなされるのが怖い、否定されるのが怖い・・・

 

とても生きにくい性格だと思っていたけれど、こんなことでは会社員としてやっていけないことは確かだった。
だから、社会に出るのが嫌で嫌でたまらなかった。
毎日、憂鬱で、将来への不安もあり、次第にうつ状態がひどくなっていきました。

 

そんな自分は良くないと誰よりもわかっていたけれど、決して変われなかった。
どうやって変われるのかわからなかったし、一生このまま変われないまま行くのかなと思った。

 

そうなると、苦しい未来しか私には待っていなかった。
それが嫌でたまらなくなって、心理療法をたくさん受けました。
だけど現実は厳しい。
私は何一つ好転しなかった。
はじめて私が神経症であり、神経症は治ることが非常に難しい現実に直面しました。

 

抗不安薬を飲んでも、私には副作用がひどくて、頭がボケーっとしてしまい恐ろしくなってやめました。
ずっと抗不安薬を飲んで生きていくことへの恐怖もあったし、抗不安薬に頼る自分が嫌だったのです。
頭に靄がかかったような状態で、不安がなく生きられても、それは廃人じゃないかと思いました。

 

私はなぜ自分が苦しんで生きなければならないのか自問自答を繰り返しました。
答えなんか見つからない。
悩んだ分だけ、うつ状態がひどくなっただけです。
答えのないことばかり悩んでいると、不安とあせりを呼び寄せ、確実に精神が病んでいきます。

 

もう将来のことなんか考えたくなかった。
考えたら、それこそ重度のうつ病になってしまう。
だから、現実を見ないように逃避して生きるようになった。
心の防衛本能として、そうしないと心が保たなかったのです。

 

その結果、神経症を克服しようとする努力すら逃避しました。
その失った時間はかけがえの無いものでした。
結局、神経症で苦しい状態のまま、就職活動を行い、ひどい疲労感と抑うつ感に襲われながら、何とかある会社に入れるようになりました。

 

まったく希望はなかったです。
苦しい人生がずっと続くことにすでに憂鬱でした。
私は自分の人生を呪い、すべてのものに対して強烈なイライラ感が増していきました。
これが一線を越えて犯罪を起こしてしまった者の気持ちが良くわかります。
(かといって彼らを擁護するつもりは一切ありません。みんな苛ついていても人を攻撃しない人のほうが圧倒的多数ですから)

 

もし私がその後、神経症を治すことに成功した心理セラピーに出会っていなかったら、今まで書いているような不安、恐怖、怯え、憂鬱、イラツキのまま、現在も生きていたことでしょう。
それ以外で神経症を感知させる方法に出会えなかったし、その時私は完全にうつ病になっていたと思います。
対人恐怖症を抱える苦しみの他に、常に憂鬱と自殺願望の苦しみで、どうなっていたのかわかりません。

 

もはや私の命への存在意義を見いだせず、命を絶っていたかもしれません。
死ぬ勇気はなかったけれど、あれ以上苦しみが続くのならば、いっそのこと死んだほうが楽だと思ってしまったら、躊躇しないであの世に行っていたかもしれません。
死んだほうがマシ、死んだほうが幸せ、すべての苦しみが解決できる唯一の手段をとることしか、私には道がなかったと思います。

 

幸いなことに神経症が完治でき、無縁の生活になっています。
私生活では幸せを噛み締めることも多くなり、仕事の充実感も味わえるようになりました。
生きていてよかったと思えています。
対人恐怖症で家族を持てないとほぼ諦めていた私でも、結婚し、子供を授かり、現在幸せに生きています。

 

しかし、私は子供の顔を見れずに、もちろん妻とも出会えない(出会っていたとしても、神経症的性質や劣等感ゆえに付き合うことはなかったでしょう)未来もあったわけです。
最悪の場合、自分の人生を呪って、自殺していた可能性もあります。

 

よく考えると、その差ってすごく大きいです。
それもこれも「出会えたかどうか」です。
私は最後のところで救われることができました。
神経症が完治したのも能力がずば抜けていた先生との出会いからですし、今の幸せな生活を得ることができたのも出会いからです。

神経症は怖さは誰よりも知っています。
だからこそ、いま惰性で生きていると、どんな結末がやってくるのか良くわかっているつもりです。
だから、行動してください! 自分を根本から変えてください。
さもないと、一生呪って生きることになる、その可能性は大です。

 

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