神経症克服のためにしていったこと

2014年3月 1日 (土)

神経症克服の方程式 あるがままの弱点と見返りを求めない心

神経症克服の方程式、それは今までも書いてきました。
またその方程式について述べていきたいと思います。
それは見返りを求めないこと。
常に今やっている神経症なりあがり症なり、克服に向けての努力は見返りを求めないことで見返りが得られるものだと思います。
「思います」なんて生半可な言葉はやめましょう。
まさにそれしかない。
この方法や努力で、悩んでいるものが良くなるよくなるかどうかで、克服しようとすると悩みをもっと強化してしまう。
実は私もみなさんもそれで失敗してきています。
見返りを求めることはやって当たり前のこと。
しかしそこに正解は導き出せないのです。
間違った方程式を使っているのです。
なぜ見返りを求めると何も得られないのか?
常に見返りを求めると、今の状況を必ず確認します。
つまり神経症の悩みを常に意識してしまう。
例えば、『あるがまま』の思想で、心が楽になったりします。
一時的にしても、『あるがまま』とはとてもいい言葉です。
しかし、あるがままとは見返りを求めないことなのに、あるがままをやったら『心が楽になる』というふらちな考えをしてしまうのです。
それはすでにあるがままではありません。
森田療法はとても多くの人に支持されていて、神経症克服の方法ではメジャーです
最近では中国でも支持されているようですね
禅の思想から来ていることだから、歴史的に禅の本場だった中国で森田療法の考え方や行が受け入れられるのはよくわかります。
ただしあるがままは、見返りを求めない人間にならない限り、なかなかに難しい。
これは森田療法でなくても、呼吸法でも催眠療法でも、岩波先生の神経症克服プログラムにおいてもそうです。
例えばトランス呼吸法は、ものすごい効果を得られます。
これも見返りを求めない心になった人だけが到達できる境地なのです。
変性意識状態というものがありますが、そうなってやろうと思うとますますその感覚が遠のいてしまいます。
リラックス感にしてもそうで、リラックスしようと思うとますます力みが入ります。
弱いゆっくりの深呼吸ですらそうなります。
人の意識・意図というものは厄介なものです。
神経症は意識や意図では治らないし、こじらせるだけです。

でもそれが人の意識の働きなのだから、それに則った神経症克服の方程式をもたなくてはいけない。
それが見返りを求めない、つまり岩波先生がいう「それがなんなんだ」という心境です。
決して無我の境地に達せば得られるものではないことを言っておきます。
無我すら無になろうとすること自体、すでに無ではないのです。
奥深い話ですね。
つまり意図的なことを外す覚悟を持つことになります。
私のブログでも覚悟というキーワードはたくさん出てきたと思いますが、そこでも必要となるものです。
助かるためにすることはすべて裏目になります。
はっきり言えば助からなくてもいいという覚悟から発した努力は、自分の厄介な心さえも上回る心情に達します。
今までの助かるための努力、それが何か根本的な解決に向かったかと言われるとそうでないと思います。
見返りを常に求める人間には見返りのある結果はついてこないのです。
こればかりは知恵だけのコネクリだけでは到達できない心境です
しかし体感から見返りを求めない時に得られた大きな自信を得た人なら、この神経症克服の方程式を会得できるでしょう
目先のことばかり追求しようとすると、人の器が小さくなります
器が小さくなるとますます悩みが大きく膨れ上がります。
結局自分を根本的から悩まない人間になるために、見返りを求めないで無駄をたくさんできる器の大きな人間になること、それが一番の近道です。
ただし悩む人は器が小さいから悩むわけではありません。
悩み対策をするとどんどんそうなっていくだけです。
見返りと結果を求めないで邁進できる人間になれば、自ずと神経症の強いエネルギーが弱まっていきます。
それをしないと、私のように無駄な時間を、神経症克服できないままに費やしてしまいます。

2010年9月 7日 (火)

私(ベシ)のこと 神経症(ノイローゼ)克服体験のコラム

私のこと(ベシ)について書いていきます。

うつ病と対人恐怖症(社交不安障害)で人生をだいぶロスしてきた。
青春時代がほとんど無駄になった。
他人と比較して、無駄なことに耐えて、無駄な時間を過ごすしかできない自分。

ホッとできる瞬間すらなかった。
劣等感のかたまりだった。
いいことなんかほとんど経験してこなかった。
一番人生で大切な青春時代が、暗黒時代だった。
ますますコンプレックスのかたまりになった。

将来のことを考えても展望が開けなかった。
あと60年、このまま生きなくちゃいけないのか?
怖気づいたし、先のことを考えることをやめた。
悪いことしかかんがえられなくなり、不安になるからだ。

そんな人間が、いつのまにか神経症が治っているなんてありえなかった。
いつか治っている希望だけが、生きる糧だった。
しかし、そんなことは甘すぎる考えだった。

今苦しんでいる人間が、時間とともに、更に悩んでいくのは当たり前だ。
暗黒の青春時代で、いい思い出がない人間ならば、もっと人と差が出てきてしまうからだ。

とにかく、どんな方法でもいいから、はやく治りたかった、焦って焦ってしょうがなかった。
でも神経症が治ることはなかった。
人と比較して、悔しくて悔しくてしょうがなかった

しまいには、神経症でクタクタに疲れ果てて、低く惨めたらしい生活にすら逃げ込むようになった。
克服する意欲も消え失せようとしてた頃。
もう俺はダメだと思った。
いつも憂鬱で、頭が重く、気分がすぐれない。
以前は、その状態から脱しようと気力を振り絞って、立ち向かっていた。
でも、そのパワーも無くなっていった。

でも大転機がある時あった
それはあるカリスマ心理セラピストの出会い。
当時、惰性でただ通っていた心理カウンセラーが、困り切っていた僕を見かねて教えてくれた。
このカウンセラーにはとても感謝している。
岩波先生という特殊だが、かなりの能力の持ち主ならば、いやそれぐらいの人でないと、私の神経症がよくなることはないと思ったのだろう。
まあ、もっと早く教えてもらいたかったと思ったが、教えてもらっていなかったら、神経症が良くなっていることは、今もなかっただろうから、ありがたいことなのは間違いなかった。

人とのつながりは、大きな大きな可能性を生んでくれた 。
そして、岩波先生の圧倒的な無意識訴求能力で、すべてが劇的に変わっていった。
悪い方向に転がり続けた歯車が、止まってくれた。

そして、徐々に、最初はゆっくり、次第に加速をつけて良い方向に回り始めた。
こんなうれしいことはなかったし、これからもないだろう。
上向きの人生を送る気持は、『坂の上の雲』だった。
どんなに頑張っても不可能だった神経症に、確かな改善の実感が出てきてくれたのだ。

神経症克服以外の副産物もあった。
営業の成績があがり続けた。
だから相手の心理も的確に読めるようになった。
だから人が怖くなくなったのはもちろん、自信が出てきた。

人間関係がいいと毎日が楽しくなる。
職場でも私生活においても、充実していった。

『人は人、自分は自分、他人の思惑は関係ない』と思って生きているが、だからこそ、人から認められるようになったと感じた。
人に振り回されないで、私がどうやって行きたいのか、どうしたいのかがメインに生きられるから、疲れないし、やりがいがすごく出てきた。

今まで押さえ込んできたことを、できなかったことをするようになり、刺激も受けられる。
そして心が弾む。

悪い時には一気に悪くなるものだが、良くなる時も同じだと思った。
無意識の歯車の悪回転を止めれば、良い方向に一気に行けるものだ。
だから、自分自身を肯定的にとらえられるようになった。

人とにらめっこしても、負けない胆力もついた。
そう、自分に大きな頼れる背骨がもう一本ついているような感覚だ。
自己を信頼でき、生きていて楽しい。

怖いものもなくなってくる
前に恐怖を感じていたものが、何でもなくなってくる頼もしさだ。
私はこんなことに過度に怯えて生きてきたのかと、情けなくなるやら笑ってしまうやら。

神経症克服の過程で足りないもの、足りなかったものを実感した。
それは「甘え」の構造だった。
親に対する甘え、自分に対する甘え、ノイローゼに逃げ込む甘え(悩んでいる方が得だという非常に矛盾した気持)、現状と未来に対する甘え。
この屈折した人生に責任を持てるのは誰なのだろうと自問した時、俺しかあり得ないと強く感じた。

私がやらずして誰がノイローゼを脱出させてくれるのだ?と。
これはものすごく挑戦的で、不遜で、攻撃的な感情だった。
いわゆるモチベーションが飛躍的に高まった状態だった。

もちろん、その時岩波先生の元で、心理プログラムを受けていたわけだが、先生の誘導技術で、感情が急激に揺り動いた時、私の悪循環が止まっていくだけのパワーが身についたといえる。

その時に導いた答えが、このコラム(ブログ)に書いていること、この記事に書いていることだった
感情のパワーは絶大だ
このパワー無くして、自らの心をリセットし、過去を清算し、己を変えていくことは難しいと感じている。

そのために、それぞれの神経症克服のための方程式に組み込んで欲しいです
神経症を解決した人は、すべからく同じような感情的な『気づき』を経験しているのではないか?
神経症で見えなくなっている克服の方程式が、見えるようになる。
そうなると、自分のやるべきことがはっきり見えてくる。

神経症克服最良の方程式 (ベシの神経症解決体験談)

終わりなき神経症から助かりたかったらしなければいけないこと

私が神経症から解放された理由は、ある非常に卓越した能力を有する心理セラピーとセラピストのところに通ったからです。
そこで、甘えを破壊し、覚悟を身につけることができ、ブレない生き様を獲得できました。
同時に、神経症になった原因や無意識の底の抑圧されたマイナスの感情を解放させていき、プラス暗示を脳に焼き付けたからです。

それにより神経症が完治しました。

岩波先生は非常に能力の高い心理セラピストです。
そこに多くの方が殺到しています。
神経症を根本から克服に導ける技術を開発しているからです。

無意識へ強力に働きかけることができ、根本から幼いころから蓄積された、神経症的要素を破壊することができる技術を唯一有しているのは岩波先生しかいないと言われています。

その神経症克服プログラム※HPにかよっている多くの人と同じく、私も催眠療法、前世療法や心療内科(精神科)の薬を経験してきました。
要は色んな解決法を模索しても、神経症が良くならず、苦しみと我慢の狭間でさまよっていました。
そういう経験がある人なら、なおさら、その心理セラピーとセラピストの先生の能力のすごさがすぐわかり、話が早いです。
心理セラピストの頂点に立つほど、技術的に圧倒的な差がありました。

そして、神経症が良くなるための、方程式がそこにはありました。
根本から、神経症を引き起こしている原因を解決できる技術もすごいですが、岩波先生の思考は、まさに悩まない、悩みようがない考え方だから、思考の面でもすごいです。
正真正銘の非常に威力のあった心理セラピーでした。

普段から私たちがどういう思考で生きなければならないかも教えてくれました。

  • 甘え、覚悟の無さ、主体性の無さ、悩む思考しかしていない、狭い視野、同じことの繰り返し、割り切り能力、ブレなさ、設定の高さ、生き様……

根本から解決できる日本で唯一の技術と、悩まない思考の確立、それらで驚くほど劇的に私の神経症に効きました。
同時に究極にまで自分を徹底して見つめ直すこともできました。
究極という意味は、どんなに考えても手が届かない無意識の自分がよく理解できる、ということです。
一種の悟りに近い気づきです。

そして、いかに自分が「情けない」状態だったか、思い知りました。
さらに、無意識からプラス暗示を植え付けてもらい、揺るぎない覚悟を得れました。

自信もあとからついてきてくれました(行動しやすくなり、行動により自信がどんどん身についていく)
私の抱えていた過去のでっかいトラウマを氷解させてくれました。
トラウマがもう、トラウマとしてではない、ただ一つの昔の出来事として、まったく価値がなくなっていました。

あれほど、私の心に重くのしかかっていたトラウマが、 なくなった!
じゃまもしないし、おとなしくしている。もうどうでもよくなった。
私のれっきとした過去だが、それ以上でもそれ以下でもない。


つまり、私の心は自由になり、頭にリセットがかかりました。
もう私は、 再発の心配もまったくないし、神経症が完治しました。

あれほど悩みを常に吸い寄せようとする、頼りない自分はいない。
何が来ても大丈夫という頼りにできる自分がいます。

決して自分一人では解決できなかった。というか、気づけなかった。
一人ではずっと同じ悩む考えばっかりをしていただろう。
治らないまま、精神的にすり減って、年を取っていっただろう。

岩波先生には治りようがなかった神経症に克服させてくれる武器を与えてもらった。
本当に感謝しています。

私も治るために一生懸命こなした。
自分の人生は自分が一番の責任を持たなくてはいけないから。
はじめて神経症を解決できるという実感と希望をあたえてくれる心理セラピーだったから、ここでダメだったら、他では絶対にダメだと思っていたから。

そして、神経症克服の方程式を身につけることができた。



ここからは私が神経症克服に必要な方程式を書いていきます。

神経症克服唯一の方程式

  • 潜在意識面におけるエキスパートの中のエキスパートと出会うこと。神経症は自力での解決は不可能に近い。それは潜在意識の底から神経症が発症しているからだ。いくら気持ちを強くして取り組んでも解決はできない。だからこそ、能力の高いプロの手助けが必要。天才的な技量と悩み克服のプロならば、一気に希望が出る。

  • 自分と向き合い、自分の過去を見つめ、抑圧を解き放ち、信念という暗示をぶち込み、柔軟な発想と思考を身につけ、甘えを排除し、覚悟を獲得する。考えているだけじゃ神経症は決して治らない。根本から自分を破壊するぐらいの気持ちを持たなくてはいけない。
  • 毎日、惰性で生きないこと。惰性ならば現状維持に思うかもしれないが、神経症の人にとっては、惰性とは破滅と同じだ。神経症は時間とともに我々の心を蝕んでいく。時間が経つと、もっと治りにくくなる。いつのまにか改善しているなんてことは無いし、期待するだけ悲惨な結果を招く。惰性とは、変わる努力をしないこと。だから、神経症にとりつかれるだけになる。
  • 自分をよく知ること。なぜ神経症になったのか? 原因はかならずある。自分を客観的に見つめなおさなければならない。自分の弱点を見つめることはとてもきついことだ。プライドもある。しかし、原因を知らずして、それを無視して神経症を治そうとすると、必ず失敗してしまう。
  • 症状の怖さに目をつぶらないこと。神経症であるときついことばかりだ。なるべく見ないままにして、平穏に生きようと思ってしまう。しかし、神経症は自分の心が引き起こしている。心があるかぎり、どんなに逃げても神経症に追いつかれてしまう。かなりやばいギリギリの状況だと認識しないと、人はナアナアで過ごしてしまう。きつくても。そうなると、きつい状態のまま、神経症がちっとも良くならないまま、生涯を神経症に捧げることになる。
  • 傷ついても歩みを止めないこと。神経症は我々に心の傷ばかり与える。必死で耐えていても傷つくだけだ。神経症を克服しようと立ち上がっても、傷つくことばかりだ。うまくいくことはなかなかない。そこで心が折れて、殻に閉じこもってしまうと、人生は完全に終焉を迎えるだろう。傷ついても、歩めを止めなかった人だけが、心が強くなり、神経症も乗り越えられる強さとタフさを獲得できる。
  • 自分の甘さを思い知り、甘えを捨てること。 症状が苦しいから、なにもしないという言い訳に使ってしまう。しかし、それは甘えだ。傷つくことや、疲れることを避け続けて、いつか神経症が治っていることを願う思考こそ甘えだ。甘えがある人は、甘えた分だけ、神経症が治らなくなる。
  • 悪条件の中で戦う勇気を持つこと。勇気と覚悟が神経症克服に必要だった。いつか神経症から抜け出すために立ち上がらなくてはいけない。しかし、いつかなんて思っていると、あっという間に年齢がいってしまう。今やるしか無い。
  • 今の苦しい状態は起きて当たり前と受け入れること。苦しい時はたくさんあるが、それを引き起こしているのは、神経症になる原因があるから起きていること。だから、苦しいのもショックな事でも、起きるのは当たり前。だからこそ、それが何なんだという気持ちを持とう。受け入れることができたら、悩みはそれだけ少なくなった。
  • 過去の自分と向き合うこと。トラウマは見たくない。しかし、無意識では我々はつねにトラウマと超面している。それが神経症の原因となっている。ただしトラウマは、無意識の底にあるから、そこはプロの力を借りるべきだし、私はそれによって完全克服ができた。
  • 薬には頼らず、根本的に自分の心の中から治していく。薬を飲んでいたら、悩みが治っていくなんて甘い、そして恐ろしい考えは捨てたほうがいい。薬は何の解決にもならない。状況認識や薬への幻想、現代精神医学への期待が強すぎると、期待しただけ悲惨な結果を招くかもしれない。
  • 頑張れば必ず報われるという希望を持つこと。 神経症克服にむかって行動を起こしている時、気持ちが上向いているならば気分もいいし未来もあると思えるが、何をやってもドロ沼になっている時がある。そういう時こそ、見返りを求めてはいけない。自分の行動に意味を見出そうとしてもいけない。ただひたすら黙々とやり続けて、歩みを止めないことだ。

  • 自信を得るために、今まで身につける機会がなかったスキルを身につける。自分の動きやすい行動半径だけで生きてはいないだろうか? スキルを身につけるには、自分が今までしてこなかったことをやるしかない。
  • モチベーションを上げていくこと。このままいったら神経症は治らない。時間は解決しない。本当にヤバイ状況だと認識し、恐怖のモティベーションを掻き立てたほうがいい。なぜかというと、プラスのモティベーションは、悩んでいる時は出しにくい。どちらかと言えば、不安や恐怖を反動にしたモティベーションを最初は使うことが大事だ。
  • くどさを捨て、割り切りを身につけること。いつまでも同じことをくよくよと悩み続けている時間の無駄を認識する。割り切れない人間に、悩まない安心した精神状態は絶対にやってこない。
  • 必要以上にマイナスの自分と闘わないこと。そんな自分であろうが、なかろうが関係ないという境地。そうしたらマイナスの自分はいつの間にか敗北して消え去っているだろう。

神経症はまず普通のことをやっていたら治らない。
普通をやって治った人なんて聞いたこともない。

抜け出すにはそれ相応のリスクと行動量と勇気が必要です。
楽して治るものじゃない。

惰性の気持ちで時間が解決していると思っていたのならば、私のように無駄な地獄の時間を費やしてなお、まったく未来の展望が開けない最悪な状況になってしまう。
だから、神経症克服に残された時間はないと思ってください。

神経症は精神的な末期がんです。
将来のためにも、いまきつくても神経症に立ち向かってください!
応援しています!

神経症(ノイローゼ)のこと このコラムを読んで克服の足しにしてください

今までの神経症に関するコラム(ブログ)を読んで、落ち込んだかもしれません。
ここまで書かなくてもいいじゃないか、と思ったかもしれません

でも、もう一度言います。
これは悩んでいる人を観察して書いたわけではなくて、昔自分のことを思い返して書いただけです
誹謗中傷しようと書いたわけじゃないので、ご理解ください。

もし過去の私に当てはまる、この行動と思考様式がほとんどあてはまっていれば、立派な悩みのキングです
けっこう、やばいと思います。昔の私と同じなら……
それじゃあ、夢も希望もなくなると思うかもしれない。

でも、希望はもっていいです。
この思考回路をはずして、壊して、今度は好循環の人生になれる思考回路を植えつけていけばいいわけです。

それには、「気づく」ことが必要です。
いままでのコラムが、その役に立てればと思います。
馬鹿にして書いているわけではありませんが、劣等感を感じていると、どうしても自分を馬鹿にしていると思う人もいます。
でも、むかつかれても、気づいてもらえれば、何よりです。
反発心から、ノイローゼ克服のパワーにつながればいいですから。

気づくには、自分の置かれている状況を身に染みることが一番だと考えます。
そしたら、いかに自分がやばい状況か知ること。
もっといえば、痛感すること。
神経症になったら、もう克服しなくちゃ、そのまま死ぬよりつらい暗黒期が待っています。

なおかつ、今の自分の状況を頭の上でなく、心で本当にわかることが必要
どんな馬鹿でも、頭の上ではわかることは可能です。
心の底での気づきは、真剣に取り組むことが前提条件だったと思います。

それがわかったとき、一気に頭はリセットされる
まっさらな白紙に近い状態になれます。

そこからプラスを生み出し続ける魔法とも言える思考・行動様式を身につけていけばいい。
私はそれができましたし、だからいま燃えて生きていられるわけです。
劣等感を感じて、このままではいやだという感情があったからこそ、それを糧にして、燃料にして燃えることができています。

まずは気づこう
私も気づいたことから、神経症の克服が始まりましたから

この末期的な神経症にはもう未来はありません。
希望なんて無いし、夢は今も破壊され続けています。
何にもできなくなる、幸せも感動も味わえなくなっていく。
だから、刺激を受けてください。
崖っぷちを知り、そこから脱出するためにも。

2010年9月 6日 (月)

今神経症に飲まれている人へ こうして私は悪循環から脱出した

今はただほっとしたいだけ
頑張ろうとする努力も起きない
まったくやる気が起きない

今はただ休息したい
すごくホッとするのはとても大事なこと
張りつめた心に休息を与えなければやっていけない

かつて私がそうでした
いつも神経症で溺れていた
だから、藁でもなんでもいいから欲しかった。

でも、結局は魂の部分が必要となってきました
心が神経症に呑まれ続けることを止めるのは、自分のハートしかなかったのです

ほっとしていて、惰性に入っていたんじゃ、また症状がよってくるものです
あるいは、その繰り返しを私みたいにやってきた人もいるかもしれません
これは経験でよくわかる。さんざん経験してきました
よくなったと思ったら、またぶり返す。

毎分毎秒続く、この苦しさがすこしでもやわらげば、といつも思ってきた
薬に頼ってしまうのも、楽して治ろうとするからだし、きついことをしなくていい甘えにすぎない。
(緊急時の薬服用はもちろん否定しません)

まずはホッとしましょう
心の、命の洗濯をしましょう

それでは、ホッとするにはどうしたらいいのか?
ホッとしてはじめて見ることができる世界があります。
溺れていたら何にもできません。
この私の経験も意味がないものになります。

私は悩み克服のプロ中のプロと呼ばれる心理セラピストに救いを求めました。
その人のプログラムを通うだけでホッとできました。
なぜなら、心の抑圧処理ができて、先が見えたからです。

またトラウマ処理もしていったからです。
神経症になった原因がはじめてはっきりつかむことができたからです。
体と心にリラックス感を与えてもらえたからです。

自分の心をわかってくれたと思えたからです。
これほどの人ならば、と期待が一気に出てきました。
そのとき、どれほどホッと私ができたことか。
破滅せずにすんだ、本当に助かりました。

いまも神経症に飲まれているのも理由が必ずあります。
まさか悪霊が憑いているわけじゃないでしょう。
前世で悪事をはたらいたからでもないでしょう。
元々の罪人だったからでも、交通事故にあったようにいきなりなったわけでもありません。

きわめて合理的・科学的・論理的・心理学的に生じています。
今苦しんでいるのは、整合性があり、しょうがないです。
だって、起こるべくして起こっているのだから。
何をしても無力です(身も蓋もない言い方ですが)

悩みに陥らない人は、悩む理由がないから悩んでいない。
あなたは悩む必要があるから、悩んでいる。
悩まざるを得ないからです。

元もと悩むために生まれてきたわけでもありません。
その理由を見つけ出していくと、心に余裕が生まれてきました。
神経症にやられ続ける悪循環が止まったのです。
その上で、徹底して立ち向かっていくしかない。
いますぐホッとするためには、結局それしかなかった。

私のことを言うと、その出会いで心に余裕と枠ができ、心をリセットして、神経症に立ち向かえました
だから、最高の出会いが、すべての鍵になります【一人の力では何とも無力でしたから】
藁を持つかむ状態で、私は先生に救いを求めました。

でも、藁をつかんだのではなくて、陸地をしっかりつかんでいました。
というよりは、陸地を引き寄せてくれた先生がいたから、助かりました。

目の前の苦しさから逃れるために、今もあらゆる対策をとっていると思います。
でも、そんな対策はよけい苦しい状況に自分を追いつめてしまうだけです。
結局、根っこの部分から悩むと向き合う、それが脱出の最短距離でした。

わけがわからないから、いっそう神経症に飲まれました。
わけがわかったら、ホッとできるようになりました。
これはみんなにあてはまることだと思います。

神経症の悪循環は、普通にやっていたら断絶させることはできません。
もっと根本的な深い部分から、自分を変えていくしかなかった。
神経症は理論や理屈で治るほど甘くはない。
しかし、無意識から解決していけば、必ず克服できる。

ずっと神経症の悩みを引きずり続ける人へのエール

神経症・・・・今のままでは良くない
こんなことじゃ、一生今のままの状況が続くに決まっています

否、もっと悪化するかもしれない。
マイナスの経験ばかりだと、いつかさらなるマイナスがおそってくる。
それは抑うつ状態かもしれないし、対人恐怖症の悪化かもしれない。

いや怖い話、統合失調症の可能性もある。
パニック障害の人は鬱病へと進むかもしれない。
強迫観念が増すかもしれない。

部屋を一歩も出られなくなるかもしれません。
妄想が襲ってくるかもしれない。
特定の場面だけじゃなく、何をしていない時だって、きつい状況にもなるかもしれません。
ただじっとしているだけなのに、さまざまな不安が襲ってきて、落ち着かなくなる。
食い止めようがなく、神経が暴走していく。

ひどいと幻覚や幻聴まで見てしまいます。
ここまでいくともう神経症という状態じゃありません。精神病です。
神経症はそこまで人を追いつめていってしまいます。
人の心は折れたら、本当にもろいです。
まだ折れていないギリギリの今が、最後のチャンスです。
もう人生が本当に終わりかけていることを自覚しないと、本当に終わる。

心から神経症や原因、置かれた現状を理解できると一変します。

今の状況は厳しい。でも、いま治さないと、もっと一生厳しいまま。
いつまで悩みにとらわれていいはずはありません。

そんなこと頭ではわかっているに違いない。
私は当たり前のことを言っていますから。
みんな言われるまでもないことばかりです。

でも、心からわからないと意味がない。
そういう意味じゃ、本当に気づいていない、神経症がどれだけやばいかってことを。
身に染みてわかることがないとダメだと思う。

悩みのベテランほど理屈臭くなるけれど、そういう人はちゃんと何が足りないかよく知っている。
ある意味頭が働く人だから、理屈を使って何とか解決しようとするから、逆に厄介になっている。
でも、できないのは本当に気づいていないからでしょう。

悟りに近い「気づき」が絶対必要だ。
心の芯からわかっていますか?
私は、ほんとうに心から認識したら、すごく楽になりました

このまま劣等感と不満を増していって、いいわけはないです。
誰も治してくれない? そんな人間は存在しない?
まずは自分で悩んでいる症状なんだから、自分で責任を持つ勇気。

猜疑心の固まり、行動ができない現状、自信を積み重ねることもできなイママ時間が過ぎていく。
逆に、悩みを強化することしかやっていない、いや、やらざるを得ない状況にあるかも
この先のラインにあるものはもう見えています。
怖くて想像することも嫌かもしれませんが、かなり悲惨な未来です。
神経症がいつのまにか自然に治っていることはないでしょう。

これは脅しではなく、エールとして受け取ってください!
大丈夫です、必ず神経症は改善します!!と言いたいけれど、マイナスのモチベーションを上げることも私にとって必要でしたから、こういう書き方になりました。

心に火がつくには、時には怖いことを言われないとわからないことが、ありましたから。
それが神経症改善の第一歩になった気がします。

神経症は普通の生活を破壊します。
そして一生続いていくものです。
それを変えるには、普通のことをやっていたら、達成は不可能でしょう。

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